Monthly Archives: 2月 2024

趣里? 夫婦狂想曲

2月25日(日)の17時半頃のことです。

TV画面に ↑↑↑ が写ったのを夫婦ともども目撃してしまいました。

趣里?趣里に似た女優?

時間にして、1~2秒。そのあと続いたCMには、趣里っぽい登場人物は

いなかったので、あれは、ひとつ前のCMのラストシーン?放送事故?

でも、本人か本人ではないのかわからないけれど、とてつもなく似てたという点では

夫婦の意見は一致してました。

「趣里 CM」「趣里 激似」「趣里 ……と、思いつく限りの検索語でググりましたが

何もヒットしません。

この映像を見たのが日本TV系の局だったので、次の日から、日本TV系の

西日本テレビにチャンネルを合わすことが多くなり、番組そのものより、CMが流れ出すと

TV画面に注目してしまうという、これまでにない状態になってしまいました。

そして、ついに今日!

あのCMに再会したのです。

あらためて見ると、最初のアップの画面以外では似ていると思えるシーンが

やっぱりないので、あれこれ想像してしまったのも無理からぬことだったかと。

このCMに出演しているのは 田尻 あやめ さんというファッションモデル、タレントさんでした。

彼女の名前で画像検索しても趣里似の画像はヒットしません。

瞬間記憶だったので激似と記録されてしまったのでしょうか。冒頭の静止画をよく見ると

顔の右半分か左半分か、どちらとも言えないのですが、半分だけなら今でも似てると

思ってしまいます。

それよりも、これからは西日本テレビにばかりチャンネルを合わせなくてもいいし、

必死にCMを見なくてもよくなったことがうれしいし、何よりも胸のつかえが

夫婦ともども取れたのが、うれしーぃ。

副産物として、TVに釘づけだったため、大谷翔平のインスタグラムでの結婚発表を

11分後に知ることができました。それが何だと言われると言葉に窮するのですが。

ネタが底をついたので知恵袋に回答してみる

ボランティアをしてきました。もちろん、県のボランティア

登録はしないで志賀町で毎日「当日登録」をしてボラセンの

指示に従って、主にブロックや瓦などの瓦礫を片づける

作業をしました。

石川県方式の間違いは「ボランティアが押しかけたら

道路が渋滞して被災地への物資の到着の遅れや、患者の

輸送回数の減少などの支障が出る」という虚偽の理由で自主的な

ボランティア活動を阻んだことにあります。虚偽が言い過ぎなら

事実とは違ったのに是正しなかったことが間違いです。

のと里山海道を救援車専用にするために一般車の通行を

禁止したにも関わらず、従来の道に渋滞は、まったくありません

でした。のと里山海道を通行止めにすることは何万人もの

ボランティアが押しかけたと同様の渋滞発生要因ですからね。

ただ、現地の人は40km制限といえば時速40kmで

30km制限といえば時30kmで走る人が少なからずいたので

それが原因の車列は、しょっちゅう起きていました。我々は

この現象を1台渋滞と名付けました。


Q:能登地震のボランティアについて質問です。
石川県のボランティア募集に登録しているのですが、メールで案内が来たので
応募しようとアクセスしたら、応募開始から10分くらいで締め切られてました。
募集に対して応募人数が多いためとは思いますが、実際の所どうなんでしょう?

自分は登山泊をよくやるんで食事からトイレまで自己完結出来る装備を持って
直接行ってもいいのですが、まだ素人が行っても邪魔ですかね?行った所で
知り合いがいる訳でも無し、何とも歯痒い状況です。

A:2月5日に志賀町に入って2月17日に現地を離れるまで

ボランティアをしてきました。県のボランティア登録は

しないで毎日「当日登録」をしてボランティアセンターの

指示に従って、主にブロックや瓦などの瓦礫を片づける

作業をしました。

宿泊は車中泊でした。水も食料も携帯トイレも持って

行きましたが、トイレは町役場横のバス乗り場のトイレ

(町営・ウォシュレット・24時間使用可能・掃除が

行き届いてる)を使いました。

ボランティアセンターのある敷地内に給水所があるので

飲み水の確保は簡単でした。

知り合いは、活動を一日すれば10人くらいできますよ。

毎日続ければ、ボラセンの人達もボラセンの活動を

手伝ってるオバチャンたちとも、みんな知り合いに

なります。活動時のお昼ゴハンは持参してね。

ボラセン近くのスーパーは営業しているので(18:00まで)

ボランティア帰りに調達できます。私は、mont・bell の

リゾッタを持っていって昼食にしました。


Q:能登地震でSNSで、他では見られなかった執拗なボランティア攻撃が
巻き起こっていましたが、石川県の方々は災害ボランティアの方々が嫌いだから
攻撃して、その後も嫌いだから受け入れないようにしているのですか?

A:2月5日に志賀町に入って2月17日に現地を離れるまで

ボランティアをしてきました。県のボランティア登録は

しないで志賀町で毎日「当日登録」をしてボランティア

センターの指示に従って、主にブロックや瓦などの瓦礫を

片づける作業をしました。

ボランティアに行った先、すべてで喜んでいただきましたよ。

ボランティアセンターの人も、車中泊していた駐車場横の

床屋さんも毎朝の横断歩道指導員の方も、あたたかく挨拶して

くれて言葉もかわしましたよ。

これは、石川県の方々だけではなく、過去の東北の方々も

熊本の方々も、みんなそうでした。だから、我々は、

いつも、ボランティアに行くのですよ。


Q:能登地震のボランティアに行きたいのですが、市町村が募集しているボランティア資格が
県内や市町村内の人に限られているものが多いと感じます。

何か理由があるのでしょうか?


A:2月5日に志賀町に入って2月17日に現地を離れるまで

ボランティアをしてきました。県のボランティア登録は

しないで志賀町で毎日「当日登録」をしてボランティア

センターの指示に従って、主にブロックや瓦などの瓦礫を

片づける作業をしました。

志賀町でも表向き、志賀町及び近隣市町(七尾市、羽咋市、

宝達志水町、中能登町)に在住の方に限るとなっていますが

私は岡山からで、他にも、奈良、三重、大阪、埼玉、岐阜、

愛知、新潟などから、ボランティアに来られていました。

これは、石川県が事前ボランティア登録を強要しているためで

あからさまに石川県の方針にあらがえない市町村は、県バスで

来てもらえる方のみと制限しています。

石川県が、なぜ、2万数千人のボランティア希望者を制限して

実活動できる人が一日当たり200人足らずという状態のままに

しているのか、その真意は想像するしかありませんが、全国から

いっせいにボランティアが押しかけたら渋滞が発生するという

理由は事実とは違っていました。火事場泥棒やボランティア詐欺が

入り込んでくることを警戒している可能性もあります。

しかし、一人の犯罪者を警戒して999人のボランティアを

排除することが、本当に被災者のためになるのかどうかは、

石川県に考えさすのではなく、ひとりひとりのボランティアが

考えて行動すべきだと思ったので現地に入りました。

石川県や、報道や、ましてやSNSに踊らされるのを好む

ボランティアは少数派だと思いますよ。


Q:ボランティアの人って、過去に悪い事をしたので、その償いをしたいと思っているのですか?


A:初めてのボランティアとして東北に行ったときには

肩だけじゃなくて全身が力んでガチガチの使命感を

もって気仙沼に入りました。震災からちょうど

一ヶ月経ったときで、まだ、梅が満開で公園には

ツクシが生えていました。

しかし、二十日間ほど活動をして、いろんな

ボランティアさんと交流したり、被災者の方と

話をしたり、現場の世話をしている市役所の方と

いわば戦友のようになったりしていく中で

ボランティアについて想像で考えていたことが

実際に身体で感じることができるようになって

いきました。

一年経って、同じ気仙沼で津波に流された写真洗浄の

ボランティアをしたときに、ハーバード大学の医学生の

カップルが日本での旅行の一環としてボランティア活動を

ともにしたのですが、カタコトの英語と日本語での

会話でしたから全部の理解はできませんでしたけど、

とてもナチュラルな感じで生き方のひとつのシーンとして

ボランティア活動ができる人に出会えたのは私の財産です。

その後、熊本や今回の能登半島でボランティアを経験する中で

「過去に悪い事をしたので、その償いをしたい」というのでは

なくて、あたりまえとして生活してきた中で気づかないままに

できていなかったことがあることに気づかされたり、たとえば、

ウクライナに対して何の支援ができるわけじゃないけれど

車のリヤウインドウにウクライナ国旗を印刷したA4の

紙を貼って走っているのも、ひょっとしてウクライナ難民の方が

見かけたら、ほんの少しでも気持ちをやわらかくしてもらえる

のではないかと思ってだったり、1日の数分でもボランティアの

視線で世界を眺めると、いろんな気づきがあります。

ボランティア仲間とは、たいてい一期一会ですし、ボラセンの方を

始め行政の方とも十日とか二十日間の短い期間での交流です。

それぞれの被災者さんとは活動の合間の短い会話しか、たいていは

ありません。それでも、数多くの、いろんな立場の人が被災地で

奮闘している姿を実際に見て、ちょっとでも会話をして、被災地

そのものを自分の眼でみて匂いを感じることは薄っぺらな自分の

人生をほんの少しですが強靱にしてくれてるような気がします。


Q:能登地震のボランティアについて教えてください。

現在他県から石川県へボランティアに行こうと計画しています。(個人で)
現地では、車中泊をしようと考えています。幸い車がハイブリットで、コンセントもオプションで
ついていますので、寝袋だけもっていけばいいかなと考えています。

現地の治安、トイレ状況、飲み水の確保はできますでしょうか?

大体1か月~2か月程度現地でボランティアをすることを考えています。


A:ありがとうございます。ぜひとも、ご活躍いただきたいと

思います。

2月5日に志賀町に入って2月17日に現地を離れるまで

ボランティアをしてきました。県のボランティア登録

しないで毎日「当日登録」をしてボランティアセンターの

指示に従って、主にブロックや瓦などの瓦礫を片づける

作業をしました。

志賀町では羽咋健民自転車道高浜休憩所という駐車場で

ずっと車中泊をしました。とこやさん(石川県羽咋郡志賀町

高浜町ク42-2)に面しています。隣がバス乗り場で町営の

24時間使えるトイレがあります。毎日清掃してくれるので

清潔だしウォシュレットであることが車泊者としては

うれしく感じました。ざっと、20台くらいの駐車スペースが

あります。志賀町の持ち物なので町役場の2Fの「まち整備課」に

許可をくれと言うのは、おこがましいので十日から二週間程度

駐車しますよと「耳に入れて」おきました。町役場の方は

「ここに駐車したら迷惑だなんて誰も言わないと思いますよ」と

言ってくれました。私の場合自作の軽四キャンピングカーを

使ったので、設営や撤収に若干手間取るのと防犯灯近くの

都合が良い位置を確保するため、毎日、10分ほどの距離を

ボラセンまで徒歩通勤?しました。

ボラセンの敷地内に給水所があるので飲み水はそこで補給させて

もらいました。ボラセンのゴミ捨て場も利用させていただけたので

プラゴミとその他燃えるゴミに分別して定期的に捨てさせて

もらいました。カラになったカセットガス缶3本は持ち帰って

地元の資源ゴミ収集所に出しました。

車中泊していたら、職務質問でも受けるかなと思っていたのですが

一度も会ったことはありません。他の車泊車の方は何度か受けた人も

いました。この場所に並んで車泊しだしてからは職質を受けずに

済んでいたようですが、私が活動を終えてからのことは

わかりません。

日帰り温泉もスーパー(18:00まで)も徒歩圏内にあります。

内科クリニックも駐車スペースから290mくらいのところに

あります。地域では一番安いセルフのガソリンスタンドまでの

距離も430mくらいです。

持っていく物としては、ヘルメットは貸し出してくれますが、

1,980円のものでも自前のを持っていくと爽快に使用できます。

活動中、足場の悪いところで壁を剥がす作業をしていた

ボランティア仲間が目の前で背中から落ちて、そのあと頭を

床で打ってしまいました。翌日も、その翌日も、その方とは

ボラセンや日帰り温泉で会ったのですが一応大丈夫みたいだったので

ホッとしましたが頭だけは守っておくべきです。

私は積雪を考えて長靴に釘踏み抜き防止ソールを敷いて使った

だけでしたが、ブロックなどの重い物も扱うし、屋内に入ることも

あるので安全靴であるに越したことはありません。屋内にあがる

時には刑事ドラマで見るような鑑識さんがはいてる靴カバーを

つけて土足であがるのが基本です。ガラス片や木のささくれが

あったりします。手袋も厚手のゴム手袋を用意してあると

いいと思います。複数人での作業なので注意力が足りない人と

組むと思わぬ動きをされてしまうことがあります。実際に

私も指先にブロックを落とされて中指の先にタンコブができて

倍ぐらいに腫れ上がりました。翌日、指はどんな様子ですか?と

その人に聞かれて「心ウキウキ、中指ズキズキ」と答えましたが

通じませんでした。

ついつい、長文になったワリには情報の質が悪かったかもしれませんが

何なりと質問してください。よろしくお願いいたします。

A^2:申し落としました。

1か月~2か月あれば、奥能登での活動もできるように

なってくるかと思います。私は、現地で耳にする道路状況と

自分の車の性能を考えて奥能登の状況を見に行くことも

遠慮しました。この先の季節を考えると必ずしも

スタッドレスタイヤが必要ではないかもしれませんが、

装備できるならあるに越したことはないかと思います。


これで終わるかと思ったら、ドッペリ・ゲンゲルさんが、

A^3:
>>現地の治安、トイレ状況、飲み水の確保はできますでしょうか?

もうこの時点で資格無しですね
全部自分で賄ってください、地元に負荷を掛けてはいけません
自衛隊を見習ってください
それができないのであれば、単なる「邪魔者」です

>> 現在他県から石川県へボランティアに行こうと計画しています。(個人で)

最後の(個人で)はどういう意味でしょうか?
行政の指示下に入らずに「勝手に」行動したいということでしょうか?
それこそ「邪魔者」です
必ず行政に連絡を取ってキチンと登録をした上で、行政の指示に従ってください
そうすれば、多少は生活に関する支援(トイレや水)が得られます

と書いたので、アフォな私は、つい反応してしまいます。

A^4:> ドッペリ・ゲンゲルさん

力が入りすぎ。(笑)もっと力を抜いて。
買い物ヴギを唄いながらスーパー行くように
ボランティアできるのが、ひとつの理想です。
資格を必要としないのがボランティアです。
それでも、最低限の守りたい事は存在しますが
一律ではありません。多様性こそボランティアの
底力です。

実際に被災地での自衛隊の活動に会ったら、涙が
出ますよ。訓練に訓練を重ねた体力も気力も知識も
技術も装備もあるからできるのです。見習うべきより
あこがれるべき存在です。マネをしてできるものでは
ありません。絶対に。

おそらく、ドッペリ・ゲンゲルさんは、ボランティア
としての経験を積んでいないのでしょう。体験の
裏付けがない意見は向こう側が透かして見えるほど
薄っぺらなものになるのでご注意ください。
いやいや、これでもボランティア経験豊富だなどと
おっしゃられるなら、ボランティアに不向きです。

ドッペリ・ゲンゲルさんからの反論(笑)

A^5:

おや、どうやら痛いところを突いてしまったようですね(笑
他人の意見にムキになって反論してくるのは、自らに後ろめたいところがあるからでしょ?
あなたがどんな活動をしているのか、私には関心がありません
回答のところどころに眉を顰めたくなる部分はありますが、放っておきます
どうせ指摘したところで変えるつもりはないでしょうしね
ただ、これからボランティアに向かうヒトは、独りよがりでない正しい方法でやって貰いたいと願うばかりです
その第一歩が登録だと思いますがね

>> dok********さん

一方、質問者さんからは、

A^6:

丁寧なご回答ありがとうございます。
情報を収集して私ができることをやっていきたいと思います。
足手まといにならないよう気を付けたいと思います。

と、お返事いただきました。


Q:災害ボランティアの高速無料ですが、紙のチケットが必要です。

ETC専用の首都高新宿ICから乗りたい場合はどうしたらいいのか、教えていただけますか。


A:結論としては、ETC専用の入り口から高速に乗ったら

一般レーンがあるICまで行って、そこを起点に

災害ボランティアの高速無料措置を利用するしか

ありません。帰りも一緒で一般レーンがある出口を

使わないと高速無料措置を受けることはできません。

一般レーンに入ると同時にハザードを点灯して

後続車に時間がかかることを知らせるほうがいいです。

一般レーンでも、ほとんど人が常駐していることは

なくてインターホンを通じてのやりとりをしたら

地下通路を使って係の人が来て手続きしてくれます。

これに時間がかかるのです。

なお、高速無料措置を受ける入り口前から出口を

出るまでETCカードは抜いておくほうが無難です。

あやまってETCカードをICで認識されてしまうと

高速無料措置を受けられなくなる可能性があります。

また、走行中もジャンクションなどで、しょっちゅう

ETCカードへのアクセスがあるので余分なデータを

残さないためにも抜きっぱなしにするのが良いと

思います。

ボランティア石川県方式は間違っている

溜まっていた新聞も今朝の朝刊で、やっと追いつきました。チャージコントローラーは

新品に替えても充電ができないので車のバッテリー充電用をサブバッテリー用に

流用して、じっくりと原因を調べます……といっても、ACアダプターを交換してみても

充電ができなければ、私には原因究明の手立ては残っていませんが。

さて、ボランティア活動を終えて一週間経ち、あらためて石川県方式について

考えてみました。百歩譲って最初の混乱の中で判断を間違ったとしても

それは、しかたないのですが、災害から二ヶ月も経とうかという時期に

至っているのに、災害ボランティアは迷惑だから来るなを押し通すのは

間違っています。

災害救助法に基づく救助は、都道府県知事等の行う「法定受託事務」なので

県が主導します。その県が全国から押し寄せるボランティアを迷惑と考え、

能登方面へ向かう道路については、深刻な渋滞が発生しており、こうした中で

個別に被災地へと向かおうとすると、支援物資の到着の遅れや、患者の輸送回数の

減少など、救助・救援活動に大きな支障をきたす恐れがあるとの理由をつけて

特設サイトに事前登録し、活動日を仮予約したら参加決定通知を受け取った者のみ

参加できる仕組みを押し通しています。

しかし、2万人以上が事前登録し、これまでの累計活動実績が二千数百人ということは

競争率10倍の狭き門をくぐり抜けた者のみ活動ができるということになります。

活動できる人と活動できない人の選別をどのような方法で行っているのかわかりませんが

私のように十日程度集中して活動したいと言っても必ずしもかなえられるとは限りません。

金沢駅前からの県バスに乗って片道4時間をかけて現地入り。3時間の活動ののち、

再び4時間かけて金沢駅まで帰るといった活動をボランティアに強要して何も考えない

……と、思ったら2月26日から穴水町の旧向洋中学校を活用し、最大100人が使用できる

宿泊施設「奥能登ベースキャンプ」を設け、ボランティアは1泊2日での活動を開始するとの

ことです。奥能登ベースキャンプは、ボランティアから参加費1000円を徴収するシステムで

最初の1週間は、珠洲市で30人、穴水町で15人のあわせて45人を募集するというものです。

違う違う。全国から集まるボランティアに、そもそも宿泊場所の用意なんて必要ありません。

奥能登ベースキャンプのようなサテライトボランティアセンターをもっと多く作って大量の

ボランティアが押しかけても駐車できるスペースと仮設トイレを用意してください。

欲を言えば、燃えるゴミとプラスチックゴミを捨てることができるようにしてください。

志賀町での連日の当日受付組は車中泊。活動最終日にはトイレ付きキャンピングカーでの

参加もありました。一般の車中泊者としては、夜間、早朝に使えるトイレと駐車場所さえあれば

活動できるのです。水がなければ積み込んで行くしトイレがなければ携帯トイレで凌ぎます。

でも、例外的な者(私のように県のルールに従わない者)以外は、ちゃんと募集要項に

従って事前登録もするし、軽トラ持参なら当日参加できると知ったら岐阜や岡山から

軽トラに乗って駆けつけるのです。でも、軽トラで車中泊はできませんから着いたその日か

せいぜい、一泊で帰って行きました。

ボランティアに助けを求める人の多くは、家の中の片付けを知り合いにやってもらいたいとは

考えません。家の中の状態をまったくの他人に見られても大丈夫ですが知り合いや

親戚に見られたいとは思わないのです。熊本でボランティア活動したお宅の人に後日

偶然会いました。こちらとしては、一日、顔をつきあわせて少しは親しくなった方ですから

当然のように挨拶をしたら、あいまいに返して、そのまま立ち去っていきました。???と

思いましたが、ボランティアの助けを借りたことを周囲の人に知られたくないのです。

志賀町の富来地区でボランティアさせていただいた高齢者男性の方は、朝のうちは

どこかボーッとした感じで、こちらの話しかけることに従うというか誘導されるがまま

みたいな感じがありましたが、午後になると、しっかり会話もできるようになりました。

ボランティアと話を交わすだけで、しっかりしてきたり元気が出る人って多いのです。

ボランティアを装って法外な「料金」を要求するような輩が入り込んだりするのは

事実でしょう。でも、それは千人に一人とか、そんなレベルで残りの999人のボランティア

活動を県が阻害するのは間違っています。たしかに、ボランティアの中には

やっかいな人もいます。それ以上に心やさしく被災者の気持ちに添うことができる

人達がいるのです。2万人以上の人がボランティアをしたいと手を上げたなら、

その願いをかなえる義務が石川県にはあるのです。ボランティアセンターの人達も

2ヶ月間の活動を通して経験も積み、たくましくなっています。どうしても手に負えない

人が来ても、その人を手なづけることができる人も来ます。多くのボランティアが

集まれば、ボランティア社会の中で秩序が保たれるような力が働くのです。

このあたりは、経験が物を言うとしか説明できませんが必ずスーパーボランティアは

いるし、多少やっかいな感じでも根は善意で参加しているので、まる一日活動すれば

話ができる状態になります。2万人以上の希望者がいれば、そのほとんどが初めての

ボランティアかもしれない。そういった人がボランティア経験をする機会を石川県は

奪ってはならないのです。

道路の渋滞?「のと里山海道」が一般車通行止めでも在来道路の渋滞というものは

まったくありませんでした。ただし、石川県特有というか、40km制限といえば40km

以下で走る車をたびたび見かけました。その車のあとにズラーッと列ができますから

我々県外組は、これを1台渋滞と呼んでました。しかし、先頭車が脇道に入れば解消する

渋滞です。そもそも、能登半島では走行する車の台数そのものが少なく、走ってる車も

長い距離を走る車は少ない。そもそも渋滞ができるほど車がいなのです。全国から

大挙してボランティアが押し寄せても渋滞が起きるほど来ることはありません。

まだまだ、日本ではボランティアって少数派なんです。

今回、被災地で自動販売機が壊された、という報道がありました。当初は「自販機破壊し

金銭盗む」という報道でしたが、その後、「避難者の飲料水を確保するため」に、ちゃんと

所有者の許可をとって壊したことがわかりました。そもそも、高速代とガソリン代を

つぎ込んで自販機の小銭を盗っただけでは元が取れないでしょうという考えが働かないから

県外ナンバーの流入を阻止せよなんて声が起こる。その声をまともに信じて石川県は

ボランティアに実質的な制限をかけてしまいました。それは間違いだったことに

そろそろ気づくべき時期です。自衛隊がやってくれるから大丈夫。などと夢にも

思わないでください。自衛隊には自衛隊にしかできなことをやってもらわねばなりません。

まして、ウクライナがこんな状況でプーチンが日本を名指しで目の敵にしている

このタイミングです。

石川県は何を間違えたかをこんな世界の片隅から指摘するのもボランティア活動

なんですよ。行った人にしかわからないことがあります。志賀町も無条件で

ボランティアを受け入れているわけではありません。ボランティアの募集範囲は

 【1】志賀町及び近隣市町(七尾市、羽咋市、宝達志水町、中能登町)に在住の方

(駐車場の利用は志賀町および近隣市町村の方に限らせていただきます)

【2】県民ボランティアセンターが運行する金沢発の送迎バスを利用される方

のままです。それでも、他県の者が行っても、ちゃんと受け入れてくれます。

石川県が間違えたのなら、その間違いをゆる~く正すのもボランティアの務めかなと

この文章を書きました。

成羽(なりわ)美術館

安藤忠雄氏の設計なのでコンクリートの打ちっぱなしの建物です。

どの駐車場からでも、入り口に至るには建物の外周をぐるっと

回らなければなりません。近道をしようにも建物を取り巻く

お堀のような水面に阻まれます。

今日、展示されていたのは、福島隆壽氏の作品でした。

同時開催として「児島虎次郎を偲ぶ絵画コンクール 30年の歩み」と

題した高梁市内の小中学生が参加する絵画コンクール展で30年間に

児島賞を受賞受賞した全270点の展示が行われていました。

これは、駆け足で観ただけになりましたが、子供らしい作品群の中に

2点ほど、これは!と光る作品がありました。今考えると、ひと通りキチンと

観ていれば、もっともっと光る作品に出会えたかもしれませんが、そのために

270点もの子供の絵を眺めていくのは、ちょっと、タイパが悪いというか……

ごめんなさい。

福島隆壽氏の作品は、氏の60年以上にわたる苦悶とその苦悶の中で

垣間見た輝く物との出会いが感じられて、挑戦的な若い頃の作品と

80歳に至ってたどり着いた作風の長い道のりを味わうことができて

想像していたよりも満足できました。しかし、全般的に暗い展示室内で

天井のスポットライトが作品の一部に当たっているものがいくつかあって、

作者の意図を誤誘導するというか、むしろジャマしているのではないかと

気になって作品世界への没入を阻害されたように感じました。

行きと帰りは違う道を使いましたが、私の脳内ロードマップと異なる

場所に成羽は位置していて驚いたのと矢掛の台湾料理店で食べた

ランチが780円なのにボリュームがあって特に卵スープの味が絶品で

大変おいしくいただくことができたのは幸せでした。

片づけ始動

やっと、その気になったのは、明日お出かけしようってことになったからです。

ひとり寝モードのままでは二人乗車できないので片づけるしかありません。

↑↑↑ は搭載した荷物のホンの一部。よくもまあ、何だかんだと積み込んだもんだ。

とりあえず、ジンちゃんから降ろすべきものは降ろしました。読み終えていない新聞も

三日分だけ。TVドラマも、おおむね見ました。でも、ドキュメンタリー系が、まるまる

残ってます。それよりも、母屋に運び込んだものの整理できていない物が多すぎるし

ガレージに降ろした荷物の整理っていつになるのかわからないし、何故か家庭用

コンセントからのサブバッテリー充電がウマクいってないし、片づけだけでも

山ほど残ってますが、とにもかくにも取りかかったのですから、いつかは片づきます。

今、一番の問題は家庭用コンセントからサブバッテリーを充電することができなく

なっていることです。ソーラー代わりのACアダプターからは20Vの入力があるのに

バッテリーへの出力が2Vくらいしかありません。要するにチャージコントローラーが

天に召される直前状態みたいで、これを交換するしかなさそうです。

悲願の一位は瞬間蒸発一位

にほんブログ村>アウトドア>軽キャンピングカー カテゴリーにおいて

ランキングOUT で一位になるという悲願が、ついに

本日未明に達成されました。(たぶん)数時間後、再び2位以下に転落しました。

だから、何?って聞かないで欲しい。ただただ、うれしかったんだよお。

な~んにもやる気が起きない

昨夜は寝落ちして朝は掘りごたつの中で目が覚めました。

寝落ちしたくらいだから基本的に寝不足でトーストで朝ご飯したあと

また、寝てしまったりで、いつのまにか昼を過ぎてて女房は朝から

大坂に出かけてるしラーメン作って食べました。

14日ぶん溜まってる新聞を読み始めたけど力が入らず一日分だけ。

これじゃいつまで経っても追いつくことができません。

ふだんの生活に戻るために、やらねばならぬことが、山ほどあるのに

ムリして取りかかってもカラまわりするだけで、まあ、今週一杯は

土曜日に予定が入ってるだけだし、確定申告もウドのムロ作りも

来月から始まるプラゴミ収集の回覧作りも、〆切を守れるように

ゆる~く、ガンバりまする。

帰途

いつもより、2時間ばかり遅く起き出して朝食のあと、タープテントを

たたんでスライドアウトを閉じました。このテント。大正解でした。

滋賀で経験したようなスキマ風が、ほとんど入ってきません。

暖めた室内の保温効果も高くて「してやったり」でした。スライドアウトの

構造が丸見えではないので防犯効果も高いのではないかと

思いました。テントを留めるロープの結び方も、ちょっとだけ特殊な

やり方をしているので留守中に誰かが解いても元通りわからないように

結び直しておくのはむつかしいと思ってます。今回、一度も、あやしげな

痕跡が残ったことはなかったのでホッとしてます。そういえば、最後まで

職質にも遭うことはありませんでした。12日間も同じ所にぁゃιぃ車が

24時間置いてあれば、逆の立場であれば不審に思いますけどね。

9時半ごろに出発して、いつも使うスーパーじゃないほうに行ってみたら

災害による臨時休業。再開の予定立たずの状態でした。停泊場所から

340mほどのメッチャ近いロケーションなんですけどね。

しかたなく、自分へのごほうび用のステーキ肉を見ようといつものスーパーに

行ったら、バッタリとボランティア仲間に会いました。この方、1月半ばから

ずっと車泊で活動をなさっていて今月いっぱいは継続される予定だそうです。

その技量といい人格といい働きぶりといい卓越したSさんで、まだ、41歳なのに

誰しもリーダーとして認めてしまいます。さしものYさんも従うだろうと思われる

ところですが、Yさんだけは主張を曲げることはありません。これはこれで、

さすがです。

Sさんは溜まりに溜まった洗濯物を片づけたところでした。絶好の機会なので

ジンちゃんを見せて自慢させていただきました。

今日、高速に乗る前にやるべきことは二つ。道の駅「いい道の駅のと千里浜」に

寄って藻塩を入手できるかということと、宇佐美でガソリンを満タンにすることです。

ステーキ肉は、あれば…だったのですが、安くておいしそうな国産牛があったので

買っちゃいました。

「いい道の駅のと千里浜」では砂像がお迎えしてくれました。5月から11月にかけて

千里浜なぎさドライブウェイで多くの砂像の制作・展示が行われるそうです。

藻塩の入手は、ほとんどあきらめ状態だったんですが、なんと、ずっと品切れ

状態で道の駅でも、あきらめムードだったのが、つい最近入荷したところだった

みたいでラッキーなことに入手できました。

ガソリンは、会員証の提示やら何やらに手間取り、入れ終わったときには後ろに列が

できていてあせりました。

高速の上では一泊するつもりでいましたが、考えて見るとボランティアの無料通行券を

持っているので深夜割引きが効く夜中を待つ必要がなく、着いたらそのまま

降りることに変更。19時半までには無事帰着できました。見慣れたハズの景色が

どこか知らない街のように見えたのにはビックリでした。

ステーキ肉は、焼き方を失敗したのか脂っぽくて私としたことが全部食べきることが

できませんでした。残した肉は女房がリメイクか何かしてくれることでしょう。

ボランティア。このやっかいな人々

最終活動日を無事に終えることができました。

お世話になったボラセンの事務長さんを始め皆さんに挨拶して

受付ボランティアのおばちゃん達、全員に手を振って見送られながら

十日間8日の活動の思い出を胸にボランティアセンターを後に

しました。

最終日の活動でも失敗がありました。十人以上のボランティアを

休憩所から現場に案内しなければならないのに、ちょっと迷って

50mほど回り道をさせてしまいました。今回の全活動で何回目の

「すんません、すんません」でしょう。

さて、表題。数日前の昼休憩時でした。地元のボランティアMさんが、

その席にはいない防災士のネーム入りの服を着たNさんと自己主張の

強いYさんについて批判を始めました。その日はMさんがリーダーと

なっていましたが、Nさんが(防災士の肩書きを振りかざして)依頼者に

対して用命事項の中で優先順位はどうなっていますかと質問して

困惑させてしまってたことや、Yさんが家具を壊して運ぶべきだと強く

主張して曲げないなどの具体例を話しながらリーダーの指示を無視して、

それぞれが勝手に行動されたのでは、やっていられないとブチまけたのでした。

最初は、あいづちを打ちながら聞いてた私も、どんどんエスカレートする

Mさんの発言のスキをねらって「だいたい、ボランティアするという人って

変人だ。主張も強い。それが証拠に、まっとうな人間はボランティアなんか

しないよ」と、発言したのがウケて、そこにいた全員が大笑いしました。

さすがのMさんも振り上げた手のやり場に困って、「みんな変人」に賛同する

空気の中、Mさんの批判は腰砕けみたいになってしまい、だんだんと

元の雑談に戻っていきました。

今回、出会ったボランティアの中で、もっとも強烈な個性の持ち主は

Oさんで、ほとんど耳が聞こえないらしく、どんどん、マイペースで話を

進めて誰かが反応して発言しても聞こえないので、おかまいなく

自分の話を進めていきます。俺は貧乏で金がかかるのは嫌いだが

口癖で、ボランティア用にカップ焼きそばやカップうどんなどが用意されて

いるのを見つけると狂喜して、その場で喰う、持ち帰りをするという

傍若無人なところがありながら、周囲の者が嫌うどころか笑いながら

受け入れてしまう愛嬌も持っているのです。連発するお決まり

ジョークの中に時折最上級のジョークが放たれることがあり、常識

はずれが、一種の芸にまで昇華されているのです。Oさんの話に

なると誰もが笑いながら話す有名人でもあります。

マイペースでいろんなところで車中泊をしているので、ほうぼうで

職務質問を受けるらしく、私の駐めているところには一度もパトカーも

来なくて職質も受けたことがないよと教えると、三日ほど前から

私の隣で車泊しています。

私だって、県が定めたボランティア募集要項を完全に無視して

現地に入り込んでいるので迷惑ボランティアの一種なのですが

志賀町では受け入れてくれたので、ずっと、この町で活動してきて

います。

なぜ、県に背いてまで受け入れてくれているかが、ハッキリわかって

いるわけではありませんが、志賀町の前の町長が収賄で逮捕されて

辞任したので、これに伴う町長選で当選したのが今の町長です。

昨年の12月25日に初登庁をして新町長として働き始めて一週間ほどで

今回の地震に見舞われてしまったわけで若手町議などの支援を受けながら

町政を進めているようです。そんな町長だからこそ、県にさからったような

ボランティア受け入れがスンナリと通ったのではないかと想像しています。

私が活動を始めた十日前には当日受付組は4人ほどだったのが、今では

個性派揃いの10名超えが当たり前になってきています。今後は、さらに

増加していくと思いますし、他の市町村の中にも追随するところが出るのでは

ないでしょうか。

志賀(しか)の休日

昨夜、かなり長いうたた寝の後、3時頃まで起きていたので

今朝起きたとき8時をまわっていました。

今日の休みは災害ゴミの仮置き場が休みだからで、ボラセンも

休みです。私が、この休みを知ったのは昨日の朝で、さあ、

あと三日、気合いを入れてガンバろうと思ったところだったので

え?あと二日なの?と気が抜けました。しかし、すぐに気を取り直して

降って湧いた休日だけど、せっかくの休日なので充実させようと

思ったのです。

ゆっくりと朝食を摂ったあとパソコンを起動させようとしたら、更新の

残りがあって、なかなか立ち上がらないので義母にプレゼントしようと

メルカリで買った「九十八歳。闘いやまず日は暮れず」佐藤愛子著を

開いて読んだりして近くの日帰り温泉 アクア シ・オン の開店時間を

待ちました。断水等で自宅のお風呂が使用できない志賀町民に無料

解放していることに関連していると思うのですがボデーソープ、シャンプーは

持ち込まねばなりません。このため、シャンプー代 393円と入浴料 550円の

合わせて 943円と、なかなかの金額になりましたが、5日ぶりの入浴で

気持ちが良かったこと良かったこと。おまけにボランティア仲間とバッタリ会って

裸のおつきあい。おしゃべりに、ついつい長湯になって少しフラフラになりました。

湯船の中だけではなくて脱衣場で再び話の花が咲き楽しい時間を過ごせました。

新潟の小千谷からおいでになった方です。

11時過ぎに温泉をあとにして、そのまま車に帰って何か作って食べても

良かったのですが、ひょっとして町役場の中に食堂でもないかと寄って

みたけど、これはなさそうで付近のレストランを検索したら「能登旬菜

ダイニング 市左衛門」が、11時半に開店するとわかったので、すぐ横にある

本屋で、ちょっとだけ時間をツブして開店と同時に入って日替わり定食

950円をおいしくいただきました。実は、風呂に向かう途中に「唐人」

という名の中華料理店を見かけて、たまには外食もいいかと思って

しまってたのです。「市左衛門」は町役場に向かう途中に見かけていました。

残念ながら「唐人」は、しばらく休ませていただきますの張り紙があって

レストラン検索でも中華料理店のめぼしいものが見当たらず、

お店の感じも知っている「市左衛門」にしたのです。

昨日、私の停泊している駐車場に隣接する形の「とこやさん」に

14時の予約をしておいたので、その時間までネットに繋いだり、

読書の続きをしたりで過ごして、5分くらいまえにお店に入って、

散髪が済むまでの間、楽しくおしゃべりをさせていただきました。

とこやさんに藻塩を売ってるところを知らない?って尋ねたら、あるとしたら

道の駅かなと聞いて、なるほどと思って歩いて行きました。道の駅の

トイレは使えない状態が続いてますが、何日か前から旬菜館が営業を

再開しているらしいことは知っていました。

旬菜館は アクア シ・オン に隣接しています。朝からの動線的には

同じ所を行ったり来たりの状態ですが停泊場所からは苦もなく行ったり

来たりできる距離感です。藻塩は売り切れで、もちろん入荷もないため、

他の商品を見ていったら、かぶら寿しを見つけました。藻塩は女房の

リクエストですが、私はこれを食べてみたかった!他にも「へしこ」や

女房が知人に配るのに良さげな「ゆずなんば」を買いました。道の駅の

名前にも使われている「ころ柿」も売り切れでした。帰路にここより

規模が大きいちりはまの道の駅に寄って藻塩や、ころ柿を一応探して

みて無かったらあきらめ~ですね。

夕食はレトルトの中華丼をゴハンにかけて生卵1個を使った卵かけ中華丼に

ほぼほぼオニオンスライスのサラダを添えて、おいしくいただきました。

夕食後も、ゆったりと過ごして、良い休日でした。