屋根瓦下塗り3日目

63.5 枚の瓦が二度塗りを終え、残りの 51.5 枚も一度塗りを終えました。

今日の作業では、53 枚分の塗料がないと不足し、56 枚分を超えると

余ります。結果は、54 枚分でした。うーむ。カミワザですよねっ。

今日の塗料は初日の7割くらいの量でした。次回は、最終作業なので

7.5 割くらいをめざそうと思います。もし、残ったら二度塗り完了の瓦を

総点検して、薄いところを見つけて補筆しようと思います。

ところで、初日の塗り始めの塗料が牛乳の水割りみたいに薄かった原因ですが

塗料を用意するとき、主剤の入った一斗缶の撹拌が不足してたからではないかと

思いました。二日目も三日目も塗り始めから、ほどよい濃さで格別に薄いとは

感じなかったのは、主剤を注ぐ前に一斗缶をグルグル回して、よく混ぜたことも

良かったのでしょうが、初日は製品の出荷から私の手元に届くまでに、そんなに

激しく撹拌されるような状況には会わなかったはずで塗料の表面に上澄みが

できていたのではないかと思えるのです。その上、缶の重さから揺らしての

撹拌も十分ではなく、さらに塗料バケットに移してマイルドシーラーEPO の

硬化剤を加えたあとの撹拌も不足していたのでしょう。

というようなわけで、技術的には初心者から初級者へと成長してきている

私ですが、さらに中級者が見えてくる前に上塗りも含めた塗装工程を

終えることになるのでしょうね。


有機ガス用吸収缶ですが、三日目の今日は新しい吸収缶と交換しました。

安全第一ですもんね。実は、二日目の片付けでシンナーを使って塗料バケットや

刷毛を掃除していたときに、ちょっとだけ、シンナー臭がしたので充分に

用意もあるので交換しておこうと思ったのです。

それでも最終的に余ったら、冷蔵庫の消臭剤として使えるでしょうから

いいと思います。

屋根瓦下塗り2日目

↑↑↑ が今日の作業前。↓↓↓ は、今日の作業後。

これも、↑↑↑ が今日の作業前。↓↓↓ が、今日の作業後。

さて、何を見せたいかというと、

 

一昨日の一回目の下塗りで [A] は牛乳の水割り塗料で塗ったので下地が透けています。

[C] の塗装前の瓦に近い色です。[B] は、バリウム液塗料で塗ったので、2度塗りした

瓦と変わりないくらい白く塗ることができてます。鬼瓦も一回目は牛乳なみだったので

灰色がかってます。今日の二度塗り作業後は、色の差はほとんどなくなってます。

前回、塗料を作りすぎて大残業になってしまったので今日は6割ぐらいにしようと

したのですが、一斗缶から塗料バケットに適量移すのは大変で結局8割ぐらいの量に

なってしまいました。今日は、使用前によくかき混ぜたのが良かったのか最初っから

薄い感じではなく特濃牛乳ぐらいの粘度で塗りやすくて助かりました。

それにたぶん、二日目ともなると塗り方が上手になったのと塗装作業の途中にも

撹拌することで適度な粘度をたもつことができて、それも作業性を高めたのでは

ないかと思いました。一番単純な形の小型で軽い瓦(のし瓦)13枚を塗るのに

かかった所要時間は17分で、自分で塗っててもスゴクてきぱきと塗ることが

できたんです。塗りやすさ × 技術向上の勝利ですよねっ!

塗料の量を 20% 減らしたので一昨日塗った瓦を全部二度塗りするには不足するんじゃ

ないかと思いましたが、逆に3枚多く塗ることができました。塗装に要した作業時間も、

一昨日の5時間から3時間半に減って塗料の硬化が進まなかったのも理由でしょうけど

技術の向上が……

塗装二日目で、二度塗り作業完了したのは、62.5枚(一度塗りだけの3枚は

1.5 枚でカウント)残り52.5枚。

さて、三日目はさらに技術向上しているのかっ!

塗っても塗っても終わらない

去年11月末に秋の陣から一時撤退した屋根メンテナンス。

いくらなんでも長すぎるだろ冬休みをやっと終えて再開します。

去年は、工程表の下地処理までを終えたので春の陣(初夏の陣?)は

塗装からです。塗装には二段階あって、まずは下塗り。

静かに作業開始です。

鬼瓦の下塗りはムズい。

この作業を続けていて

バランスを崩して、もうちょっとで  のところに落ちそうになりました。

尻もちをつきかけながら身体をひねって横向きに写真で言えば蚊取り線香の位置に

お尻を着地させたので難を逃れることができました。中腰からの尻もちだったので

落ちそうになってから尻もちまでの時間は短くて対応するのが大変でした。

塗装作業用の装備です。ゴーグルと防毒マスクは必須です。

3M の使い捨てセットなんですが、繰り返し使おうと 有機ガス用吸収缶

11個買って、付け替えながら使っていく予定です。とはいえ、屋根メンテナンスの

塗装工程をすべて終えたら用済みにしようと思ってます。本体には吸気弁、

排気弁もついていて思ったより呼吸はラクです。ただ、有機ガス用吸収缶を

交換するタイミングが、ちょっと調べただけではわからなかったので、研究して

みます。今日、使った感じではニオイは、まったく感じませんでしたが

作業が終わってみると換気の悪い場所、昔のパチンコ屋とか映画館に長時間いた

時のような軽く頭が重い感じ(どっちやねん)はありました。

どんどん塗っていきます。

使用した下塗り塗料はマイルドシーラーEPO です。主剤が 10.5kg 硬化剤が

3.5kg のセットです。これが最小なんです。絶対に大半が残るし次の使い道が

ありません。どっか、残りを引き取ってくれる屋根工事屋さんを探してみようかなと

考えています。

奥の7枚の瓦は塗り始めの頃で、手前の3枚は1時間半ほど経った頃に

塗ったものです。最初は牛乳の水割りを塗っているような感じでした。

時間経過とともに、普通の牛乳くらいになり、ペンキみたいになり、

最後は胃検査のバリウム液くらいまでドロリとしてきました。

この下塗り塗料はホワイトですが、粘度がなくて水みたいな時には

いくら塗っても塗料が減らないんです。一斗缶から移すとき、ついつい

多くなって主剤は1kg硬化剤を330gを混ぜて使用したのですが

日も、とっぷり暮れて近くのマンションの明かりで作業を続けて

午後8時頃に、やっと1.3kgの塗料を使い切ることができました。

容量で言えば、塗料バケットに 2/5 です。そんなに泣くほどの量では

なかったはずでしたが、粘度が低いと厚塗りができませんから塗料の

消費量が少なかったということなんでしょうね。最初と最後では塗装皮膜の

厚さが数十倍違うと思うのですが、残念ながら測定するための手段を

持っていないので単なる山勘です。

山勘といえば、有機ガス用吸収缶が除毒能力を喪失するまでの時間を

予測しようとしても、ガス濃度を測定する手段がないので、結局わからない

ということになります。ただ、女房が一瞬現場を覗いただけで異臭が

ハンパなくて、ちょっと頭が重い感じになったというくらいなので、

全然ニオイを感じることなく作業ができたということは、やはり、

防毒マスクがあるとないとでは大違いということなんでしょう。

関連するサイトを覗いてるだけで、たとえば、次回の作業まで防毒マスクを

ビニール袋に入れて口をゴム輪でしっかり留めて密封しておこうなんて

考えつくことができないことを知るわけですし、物干し場ではなく屋根の上の

換気抜群の場所で作業しようとしたのも情報のおかげなので集めるに如くはない

ということだと思います。

赤十字全員脱退達成

昨日は、青梅の収穫をしました。落果が多かったので時期としては

出遅れぎみだったにも関わらず例年にない収穫量でビックリです。

梅の木は2本ですが、10.5 kg ありました。今年は春先の剪定を

サボったので、徒長枝に毛虫が集中したことで結実を阻害されずに

済んだのか?という手前勝手な仮説を立てて満足しています。

あとの処理をする女房は単なる悲鳴をあげていますが……

さて、表題。

町内会の持つ力として昔から同調圧力があります。時代の流れで

徐々に、その力は弱まってきてます。時代の流れの変化と言えば

家族葬の増加があります。実はこれ、町内会役員としては、大助かりです。

葬式は待ったなしですから、町内の方が亡くなると、至急便で回覧を

回して周知するとともに葬儀場に町内の方専用の香典受付を作り

町内会役員が詰めて弔問客の対応をしていました。これが、十年ほど前から

ピタリとなくなりました。

しかし、一方で町内の方が亡くなったのに町内会は教えてくれなかったという

クレームもいただきます。いち早く町内の方の不幸を把握すべく

町内組織の再編をはかれという声も届きます。そうですねぇと、

柳に風と受け流しているうちに、時代はますます家族葬が本流と

なってきてます。「お隣に不幸があったのに知らないままなのは困る」と

おっしゃるなら「困らないように、お隣と平素から親密な関係を

築いておいてください」と架空問答を頭の中で取り交わしながら

実際には「そうですねぇ」と神妙な顔をするだけにしています。

いやいや、表題。

話がそれますねぇ。事の発端は、2011年の気仙沼です。山形県から

応援に来ている自治体職員は大型デコトラに中古の自転車を満載してきた

袖口から入れ墨がチラチラさせてる連中を相手に一歩も引かずに

要求をハネのけたり、自衛隊の方は、↓↓↓ のように野営をしながら

黙々と復旧支援をしてくれたりしている中、気仙沼ボランティアセンター担当の

赤十字職員は何だかやたらとボランティア受付の場所の移動を繰り返させます。

不思議に思った誰かが理由を尋ねたところに私は居合わせたのでしょう、その職員の

答えが聞こえてしまいました。

「ヤツら(ボランティア)は仕事がしたくて来てるんだから仕事を与えたほうが

喜ぶんだ」

これが、私を赤十字大っ嫌いにさせた理由です。他の赤十字職員も二人一組で

各避難所や支援作業所を巡回して施設の担当者に案内させている、まるで国会議員の

視察のような任務?をするだけだったり、被災地を支援するというよりも被災地で

君臨する組織のように感じられたのです。ボラセン開設時には持ってるノウハウを

惜しみなく提供したのかもしれません。某県の自治労の職員は支援物資集積場の

掃除の仕方についてボランティアにダメ出しなんかしてましたが(その場所は体育館に

敷いたビニールマットの端が重なり合った場所で誰が掃除してもウマクできない場所でした)

多くの人が属する組織には残念な人は必ずいます。たったひとりの不心得者がいたから

といって組織全体が腐ってるわけでもないのですが、皇室をも巻き込んで発展してきた

赤十字が、そもそもの「報国恤兵」と「博愛慈善」の精神をどこまで持ち続けているか

(持ち続けていても、それはそれで議論の余地はあるけれども)疑問でしかありません。

まあ、そんなわけで町内会の同調圧力を利用して安易に集金を続けてきた赤十字に

対して一矢を報いるため数年前から脱退するための簡単な方法を実際に集金する

幹事さんに教えるとともに必ず集金時に言い添えるように頼むことを続けてきた結果、

最後の一人も「私が最後の一人と言われたら……」とついに脱退してくれました。万歳!

ちなみに、脱退するための簡単な方法とは継続加入票の裏の 「3.脱退」に丸をして

赤十字に提出するだけです。

次の目標は、赤い羽根脱退です。すでに、わりといいところまで来てます。

サクランボと山椒と椎茸と

今年は初めてサクランボに寒冷紗で防鳥ネットをしたので

完熟させることができました。これまでは、鳥と競争するために橙色くらいに

なったら食べていたのですが(それでも、年に1~2個しか食べられない)

完熟した甘さもそうですけど、透明な真紅の実を見てるだけでうれしくなります。

昨日は、山椒の実も採りました。去年の5月16日に採って、ちょっと

遅かったので先週から気をつけて見てたのですが、まだ、実がちっちゃいので

年によって違うのかなーと思ってました。ところが、昨日、見ると実が小さいまま

先っちょが赤くなってきてました。全体が緑のうちに採らないと赤くなったら

皮が固くなって、佃煮にしても口に残る感じになるようなのです。でも、あまりにも

小さい実が混じっていたので、さすがにそれは採らずに残しました。

サクランボと山椒の実。雨のせいか採取時期のせいか実が割れているものも

あります。蟻がたかっているものや割れがヒドイものは採らずに私は残したのですが

あとで、女房が根こそぎ採ったようでジャムにしてました。砂糖を入れていても

生食したサクランボの甘さには勝てませんね。

今年は、梅雨の先走りかどうかわかりませんが雨が多過ぎるので

椎茸の仮伏せを早めに切り上げて本伏せにするためにホダ木に

使った残りの栗の木を適当な長さに切って

三脚を作り、

本伏せ場を拡張しました。仮伏せ中のホダ木を運ぼうとしたら

猫車の車輪がパンクしてしまって使えないのがわかったので続きは

後日ということで。

夜は、山椒の実を軸から外す作業。↑↑↑ だけで採った実すべてですが、2時間ぐらい

かかりました。山の作物は畑ほどには手間がかかりませんが(そういうものしか

作っていないとも)後処理に、けっこう時間を食います。

近日中にやらねばならないことと言えば青梅を採ることと椎茸の本伏せの続き。

手押し草刈り機の刃の交換と柿のヘタ虫対策としてオルトランの噴霧かな。

秋になってしまうまでは、草刈りが何度か必要だし、キウイの摘果もあるなあ。

ホントはキウイは人工授粉してやったほうがいいし、摘果の前に摘花も

したほうがいいのだろうけど、省略できることは、とことん省略。

ヤギ肉丼!

ちむどんどんするさー

ヨモギの茎を外してる間に

冷凍ヤギ肉を解凍しました。

適当な大きさにヨモギを刻んでおきます。

20gくらいのバターを溶かしてヤギ肉を炒めます。このヤギ肉は沖縄味噌で

ほんのり味付けしてあります(その状態で冷凍したものをいただいた)

ヨモギを全部放り込んで

しっかりと炒めたらできあがり。ヤギ肉って、ビーフジャーキーみたいに味が

濃いので下手な調味料よりもシンプルに塩だけで味を調えるくらいがいいと

思います。

いっただきまーす。ヤギ汁よりも炒めたほうが食べやすいし、おいしいと思います。

遅かりしコシアブラ

一昨日、去年に続いてコシアブラを採りに出かけました。去年は

4月30日で今年は5月3日と、三日しか違わないのに成果は

惨憺たるものでした。

去年の収穫は、↑↑↑ でしたが、今年は、2~3 本(涙)

ほとんどが、若芽じゃなくて立派な葉っぱになってました(大泣き)

4月に、ずいぶん暑い日が続いたせいでしょうか。

今年も、リュウキンカに会えたから、ま、いいか。

緑の中の緑で、わかりにくいのですが、こちらは食べ頃♡

でも、食べちゃうと未来がなくなるのでガマンガマン。

それよりも、太陽がまぶし過ぎるのか、ちょっと元気がありません。

日傘を作りました。

ヤブレガサのほうは、しっかりと育っているようです。でも、収穫できるのは

いつ?

ひみちゅ基地を進化 (いよいよ最終回)

かつて古い学習机の脚の部分だった端材を

電動丸ノコで切り込みを入れたあとノミを使って切り離します。

↑↑↑ のように完全に廻廊を作って

切り離す方法がダメだというわけではないのですが、

ある程度、溝を掘ることができた時点で、左側からノミを入れると

簡単に溝の深さ分の木片を切り離すことができます。薪割りの

要領ですね。気持ちよくパッカーンと取れます。

これを数回繰り返すと、完全に廻廊を作ってから切り離すよりも

ずっとずっと簡単に短時間で除去することができます。

この木片二つと合板、もうひとつの端材を使ってパソコン作業台に

クリミア半島を足しました。

中央のディスプレイを後方に移動させて作業スペースを拡げるとともに

ディスプレイの傾きを立てました。

三つのディスプレイのうち、傾きを調整できる機能があるのは

右側の RDT192WLM だけで、左の LC-20D50 は、垂直状態なので

スタンドに手帳をはさんで調整し、中央の REGZA PC D712 は、

のけぞり過ぎなので立てました。もう少し垂直に近づけたいと

いうのが本当のところなんですが、あまり立てるとつんのめって

前に倒れそうになるので妥協しました。

ひみちゅ基地を進化 (次回が最終回)

組立て開始です。

まず、脚部分を取り付けて

棚板と底板を取り付けたら、できあがり。

えっちら、おっちら、ひみちゅ基地まで運びました。持ちにくい形状の

体感重量20kg(実際には。14kg)の机を夢の実現のために運びました。

いい感じじゃないですか。ディスプレイは二面の予定でした。右端の

余ったディスプレイはヤフオクで売り払うつもりでしたが……さほど

高く売れるわけでもないし、三連ディスプレイにしたからといって、

いいことないなーとわかったときに売っても変わりはないわけで、

これでいくことにしました。キーボードは初めてのワイヤレス!

REGZA PC D712 に付属していたもので、なんと!Windows キーが

ついてます。20インチ、21.5インチ、18.5インチが並ぶわけですが

右と中央のディスプレイで作業させながら、左側の SHARP LC20 D50 で

TV を視聴することも可能です。

パソコン作業台の左側の箱脚は、コピー用紙入れとして使います。A4用紙の奥に

スペースができたので、HDDを十数本、文字通りデッドストックしています。

最終処分は、里山に土中保存ですかね。横のノートパソコンには、Ubuntu を

入れて、 DiCE を常時稼働させています。

謎の軟体生物……なんなん?

ちょうど、藤の季節なんですが、花もそこそこに気になるのは、

谷川の水を引いたホースの先に、↑↑↑ んな感じで貼り付いています。

90° 回転して横から見ると ↑↑↑ んな感じで

180° 回して反対側から見ると、↑↑↑ なります。

身動きしないので生きてるのか死んでるのかわかりません。

こいつに初めて出会ったのは去年です。貝?って思いました。

殻のない貝。でも、ナメクジではありえない。

細い木の枝でつつくと次々とちぎれて流れていきます。魚やイカの

贓物のような姿ですが表面の膜の中に内蔵のようなものがあるわけでも

ないので、もう少し下等な菌類などに近いもの?とも考えたりします。

なんなん?