アメリカを蝕むフェンタニル

投稿者: | 2025年3月25日

麻薬の歴史はとてつもなく古く、アヘンの原料となるケシの場合、すでに紀元前3000年ごろの

スイスの遺跡で、栽培された種子が見つかっていると言われています。麻薬は、宗教的な

目的で使われたり、鎮痛などの医療にも使われてきたようです。古代ギリシャでは不思議な

力を持つ薬として認識されていたし、ローマ帝国の時代には医薬品として使われた記録が

残っているそうです。南米アンデスではコカの葉を高山病の薬として噛む習慣がありました。

サボテンの仲間のペヨーテやテオナナカトルと称されるキノコなどには幻覚成分が含まれており、

これらを民俗薬として相当に古くから利用した地域もあります。

麻薬が庶民に広がり、問題が目立ってくるのは19世紀以降のことです。1804年、ドイツの薬剤師

フリードリヒ・ゼルチュルナーによって初めてモルヒネが分離され、1805年には、早くも

は鎮静催眠薬として精神医学にも導入されました。1853年に皮下注射針が開発され、南北戦争で

鎮痛剤として兵士に使用されたため、40万人を超える中毒者を出しました。当時、軍人病と

呼ばれていたそうです。普仏戦争でも同様のことが起こりました。20 世紀後半のベトナム戦争に

おいては、モルヒネのアセチル化によって得られたヘロイン中毒がアメリカ兵の間に広まりました。

ヘロインは、まず、イギリスで最初の合成に成功したものの疲労感、眠気、恐れ、吐き気を

起こしたため実験は中止されました。しかし、その16年後、今度はドイツで別の合成法で

ジアセチルモルヒネを精製し、1898年には、ヘロインという商品名でバイエル社から発売され

ました。

フェンタニルは、最大でモルヒネの100倍、ヘロインの50倍の効力を有する即効性のある

鎮痛作用を目的とした合成オピオイドです。MITテクノロジーレビューは、毎年、その年の

失敗したイノベーションを選んで年末に発表して います。2022年に選ばれた8個の

「最低なテクノロジー」の中にフェンタニルは見事リストアップされました。

1953年、ベルギーの医者であり化学者であるポール・ヤンセンは、最も強力な鎮痛剤の作成に

取り掛かかりました。モルヒネを改良できると考え、100倍の効力がり、有効時間の短い分子を

設計したのです。 1960年に合成に成功した合成オピオイドである「フェンタニル」は

その後、手術中に最もよく使われる鎮痛剤となりました。 しかし、 アメリカでは一昨年、

フェンタニルの乱用が原因で約7万3000人が死亡したといわれており、単純計算で1日に

約200人以上がこの薬物によって命を落としていることになります。 薬物の過剰摂取による

死者数のうち、約3分の2がフェンタニル絡みで、アメリカの50歳未満の成人の死因の第1位が

フェンタニルであり、自動車事故、銃、そして新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による

2022年の死者数の合計を上回ったと言います。

ヘロイン(左)、カルフェンタニル(中)、フェンタニル(右)の致死量です。

カルフェンタニルもベルギーのポール・ヤンセンらによって1974年に初めて合成された

オピオイドです。カルフェンタニルの力価は同量のフェンタニルに対して約100倍、

モルヒネに対しては約10,000倍にも達するとされていますが、フェンタニルよりも

致死性は、やや低いとされています。とはいえ、ヘロインと比べると強烈です。

フェンタニルなどのオピオイド系鎮痛剤は手術の際や、がん患者などの疼痛緩和の

ためには欠かせない重要な薬で、もちろん日本でも使われています。

それが、なぜ、アメリカでは危険な薬物となってしまったというと、90年代頃から、

製薬会社の誤ったプロモーションなどにより、オピオイド系鎮痛剤のオキシコドンが

日常的なケガや歯痛などの鎮痛剤として安易に処方され、薬局でも買える『合法的な

医薬品』として広く使われるようになってしまったことが原因です。 医療保険制度が

脆弱で医療費の高いアメリカでは、経済的な理由で十分な医療を受けられない人も

少なくないという背景もあって、比較的安価なオピオイド系鎮痛剤を日常的に使用する

人が増えていきました。そして、いつしか依存状態となり、本来の使い方を外れて

乱用する人が出てきたり、さらに強力な鎮痛剤のフェンタニルを使ったりするように

なっていったと言われています。その後、オピオイド系鎮痛剤の問題が深刻化して、

オキシコドンもフェンタニルも安易な処方は禁止されたのですが、極めて強力な麻薬だけに

依存性もメチャクチャ高く、基本的にはやめられない人が、すでに多くいました。

その結果、闇で売買されるフェンタニルに手を出したり、ほかの薬物にフェンタニルの

成分を混ぜたさまざまな違法薬物が出回ったりするようになって、アメリカ社会に深刻な

オピオイド・クライシス(危機)をもたらしたのでした。

さらに、違法薬物として厳しく取り締まられてきた大麻やコカインと違って「合法的な医薬品」

として広まったオピオイド系鎮痛剤は薬物依存問題がそれほど深刻でなかった白人の間でも、

依存症患者が広がることになりました。トランプの支持者も多い『ラストベルト』を中心に、

貧しい白人社会でフェンタニル汚染が深刻な問題になっています。 オピオイド系の薬物は

『体の痛み』だけでなく、生きづらさを抱えた人たちの『心の痛み』にも効くので、こうした

薬物に依存する人が増加する原因となってきたのです。

フェンタニルの代表的な作用には、鎮痛や多幸感があります。鎮静状態に陥り、無気力になる

側面から、別名「ゾンビ麻薬」とも呼ばれています。過剰摂取で呼吸抑制や昏睡を引き起こし、

極少量で死に至る恐ろしい麻薬であるため、 2017年には、第一次トランプ大統領が

「公衆衛生上の非常事態」を宣言。違法薬物の流入を防ぐためとしてメキシコとの国境に

壁を建設しました。2021年に就任したバイデン大統領は、フェンタニルの密輸を阻止すべく、

検出技術の向上に取り組みましたが、いずれも、明らかな効果を産むことはできませんでした。

日本でも、2023年2月にフェンタニルの薬剤シールを交際相手の男性の胸に複数枚貼り付け、

死亡させたとして、無職の女性が傷害致死と麻薬取締法違反の疑いで逮捕されました。

しかし、まだ日本は、危機に陥る状態にはなっていません。だからといって正常性バイアスを

働かせて良いわけではありません。インターネットやSNSで取引されて、いつのまにか

蔓延してしまう可能性は充分にあるのです。

トランプ自身も国内のフェンタニル問題の解決は簡単ではないことは、わかっていても

『メキシコやカナダ、中国の責任だ』と主張すれば支持者の目を外に向けたり、大好きな

『関税引き上げ』の口実にしたり、相手国に対して強いプレッシャーをかけることに利用する

ことを優先する可能性が高いように思えます。しかし、たとえば、中国だって負けては

いないでしょう。2022年にアメリカのナンシー・ペロシ下院議長(当時)が中国政府の反対を

押し切って台湾訪問を強行した際に『米国とのフェンタニル問題に関する協議を停止する』と

通告しています。 米下院の中国共産党に関する特別委員会は、2024年4月16日、中国が

麻薬鎮痛剤「オピオイド」の一種であるフェンタニルの生成につながる化学物質の製造に

直接補助金を出し、米国のオピオイド中毒危機をあおっているとする報告書を出しました。

それによると、中国はフェンタニルの類似体、前駆体、その他の合成麻薬を製造する企業に対し、

国外に販売する場合に限って付加価値税の還付という形で補助金を提供し続けているとしたのです。

報告書は、中国の国家税務総局のウェブサイトからデータを引用し、最大13%の還付が

適用されている化学物質を列挙。4月現在も補助金は実施されているとしているという内容でした。

2025年3月25日のニュースで、 

「中国税関総署 フェンタニル密輸に対する取り締まり強化を発表」

中国税関総署(GAC)はフェンタニル密輸に対する取り締まりを徹底するため規制を強化すると
発表した。CTやX線検査の利用を強化、より正確にフェンタニルを発見できるようAI画像認識技術を
アップグレード、最前線の職員の訓練を強化する。

と、報じられました。

麻薬が、政治的、戦略的に利用されてきたことは歴史的に明らかです。もっとも有名なのは

イギリスのアヘン戦争ですが、近年でも、イスラム主義勢力タリバンがアフガニスタンを

掌握したことにより、2022年、栽培を禁止したため生産量は2023年には約95%減少し、

栽培面積も23万3千ヘクタールから、わずか1万1千ヘクタールにまで減少した一方、

ミャンマーでは、生産量が大幅に増えていて、ついに世界一の供給国となっったとの

ことです。軍事政権の収入源になっているのでしょうか。

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