ストレッチャーで移動する感じは妙な感覚です。両側に看護婦さんを見上げ、
真上には一定間隔に天井の照明だけが光っていて、なんだかまぶしいのですが
空中浮遊のような落ち着かない気分でした。エレベーターで手術室がある階まで
行って、また水平移動。手術前室で名前確認ですが、この病院では生年月日と
名前を言う回数よりもバーコードの腕輪をピッと確認するほうが、はるかに
多いのです。こういった面は岡大よりもシステム化されてました。
手術室には何人もいて、執刀医と麻酔医、看護師ふたり、機器操作のお兄さん、
もうひとり研修医だか、新入だかの女医さんの総勢6人が担当でした。
脊髄くも膜下麻酔注射から手術は始まりました。一度目は、うまくいかなくて
左脚がビクンってなったりしながら麻酔がちゃんと効かなくて、二度目が
ダメだったら全身麻酔だなと麻酔医が言うので、それはヤだなと私は答えました。
さいわい、二度目はウマクいったので執刀医と交代です。
手術室では眼鏡をかけたままで良いと言われたので首の動く範囲でですが、
膀胱内を映すモニターもよく見えました。けっこう、血管が走っているのが
見えます。あとは、ほんのり肌色の白い壁。内視カメラチューブの黒い棒。
「前立腺を見るときには、このように回すんだ」とカメラを操作しながら
執刀医が、ねぇちゃん先生に説明していました。
下半身は、まったく感覚がなくてシートを張ってるので私からは何も見えません。
超音波の画像のモニターも、私のほうからはまったく見えません。ただただ、
天井の手術灯を見ているだけで、ときおり、看護婦さんが目を合わせて安心させて
くれたります。
時計が見えないのでわかりませんが、感覚的には麻酔完了までが30分、生検が
30分くらいでしょうか。手術台から、1、2、3、で、シートごとストレッチャーに
移されて病室担当の看護婦さんに引き渡され、病室でも1、2、3、でベッドに
移されて、あとは、夕食まで絶対安静。両足は、まっすぐ伸ばしているはずなのに
ふくらはぎの下にクッションか何かを入れてるように少し宙に浮いた感じが麻酔が
抜けるまで残りました。昨夜の夜更かしが効いて夕食まではウツラウツラと居眠りを
しながら過ごしました。夕食の献立は、ゴハンこそ全粥でしたが、ちっちゃくて、
うっすい豚肉の生姜焼き風2枚とギョーザに茹で卵、つけあわせと茄子のそぼろ煮と
フルーツという普通食で、少し延食で熱々ではありませんでしたが、ちゃんと温かくて
ウマーでした。まあ、24時間ぶりくらいの食事ですからね。何を食べてもおいしく
感じたかも。
このあたりまでは、楽勝の入院生活でしたが、このあとが地獄。
下半身麻痺状態なので寝返りが打てないのです。術後5時間ぐらい仰向け状態で
寝ていたため、軽い床ずれというか背中が猛烈に痛くなってきました。とりあえず、
背中に当てることができるクッションを持ってきてもらって、ベッドの手すりに
つかまり、背中の片側を持ち上げて差し込んで当たり具合を変えました。あとは、
右に差し込んだり、左に差し込んだり、位置を上にしたり下にしたり、格闘しました。
横向きになれれば、簡単なのですが、そのためには足が動かないことにはどうにも
ならないのです。何時間か、そんなことを続けていると腰からモモ、膝の上と感覚が
徐々に戻ってきて、日付が変わるころには、横向きになることが可能になりました。
それでやっと、2時間ぐらい眠ることができました。しかし、今度は体側が痛く
なってきて、仰向けになったり、横向きになったり。ベッドから起き上がることが
できないので導尿しているのですが、タンクが左側のベッドサイトに吊されています。
従って、左向きか仰向けにはなれるのですが、右向きになると導尿管が左腰の山越しに
なるため尿が流れてくれなくなるのです。尿タンクはバキュームになっていませんからね。
うつ伏せは理論的には縦回りすれば可能ですが、立ち上がることを禁じられてる身には
現実的に無理です。それに、だいぶ麻酔が切れてきたとはいえ、一瞬でも立ち上がった時に
思いっきり転倒して、今度は外科に入院ってことになりかねません。本当に身体が
不自由であることはツライことなんだと思い知りました。夜中の3時頃まで、クッションも
使いながら、あれこれと試してみて、やっとベストポジションを見つけることができたので
また、2時間ぐらい眠ることができました。
朝になると、さらに身体は動くようになっていて、あまり苦労しなくても制約の中でも
身体のどこかが痛くなるのを防ぐことができるようになりました。しかし、ほんの
数時間のことでも、これだけツライ思いをするわけですから、下半身麻痺の方の
苦労ったら、とんでもないものだということが深く理解できました。昼間、腰掛けて
いるとお尻のあたりが圧迫されて、もし、痛みを感じなければ床ずれっぽい症状に
つながるだろうし、感じれば感じたで、しょっちゅうゴソゴソと姿勢を変え続けねば
ならなくなるかもしれない……その先は安易に想像はできませんが、その大変さと
ツラさについては容易に理解できるようになりました。昨日から、血尿が止まらないので
昼間は、ほとんど腰かけたままで過ごしています。長距離のサイクリングをしたときの
ように、お尻が痛く感じます。今後、どうしても老化していくわけで、それでなくても
今のような状態に陥っていくことでしょう。できることは、少しでも先延ばしに
することだけで、完全に回避することはできません。じゃあ、先延ばしにするには
どうするかとなると適宜な運動と正しい生活習慣しかないでしょう。
たった2泊3日の入院でしたが、多くのことを学ぶことができたと思いました。
喉元過ぎれば熱さを忘れるじゃなくて、しっかりと生活の中に経験を落とし込める
ように肝に銘じたいと思っています。