J計画 ギリギリ

By | 2017年11月12日

就寝スペースの続きです。

運転席は後ろに、助手席は前に畳みます。各席に、↓↓↓の橋脚代わりの工作物を置きます。

運転席の橋脚の裏側には、↓↓↓のように厚い板を貼り付けて座席面の形状に合わせました。

次に、運転席、助手席の橋脚に板を渡します。

この板の上面とプラ収納カゴと、最後部の木製収納箱は、同じ高さになっていてベッドボードを

水平に支えることができます。

まず、ベッドボードの左側を敷いて、

↓↓↓右側も敷きます。

次に、フロントのカップホルダーに立てた柱にフロントウィンドウ用のカーテンを掛けます。

外から見ると、↓↓↓んな感じ。

サイドのカーテンも閉じると、↓↓↓んなふうになります。

後ろ半分は、↓↓↓んな感じ。

ちなみに、左側だけベッドを敷くと、

ベッド常設の単独放浪バージョンになります。以上の工作ができたのは、出発日の

早朝?a.m.2:30頃のことでした。

実際、使ってみての感想は、ベッドメイクの時に寝袋やふとん類を右や左に

移動しなければならず、積み込んだ荷物の一部を車外に出す必要がありました。

ただし、ダッシュボードが広いので、夜間に使う物や貴重品などを置くことが出来て

便利でした。

カーテンレールを支える中央の柱は、運転席の背もたれを倒したり起こしたりするときに

金具部分がジャマになったので、ベッドメイク時に、よけいな時間がかかりました。

それに、晴天時なら問題が少ないけど、雨天時にベッドメイクするとしたら、大変だし、

引き出し式の台所部分などができたとき、どうやってベッドの板を降ろしたり収納したり

するかについても、アイデアが固まっていません。前途多難ですが、ボチボチと

進めて行こうと思ってます。

6 thoughts on “J計画 ギリギリ

  1. SEAWorks

    このサイズだとスライドレールやBピラーの太さも結構問題が
    大きいのかな。
    やはり室内高はフル活用になるねぇ。

    ベッド常設の単独放浪バージョンが天蓋付きベッドみたい(笑)

    Reply
  2. 何処吹く風 Post author

    B’ピラーは、ピラーレスとなる予定です。C’ピラーは形は変わっても
    残るかな。A’ピラーは、思いの外いい感じです。何よりも足元に
    柱がないので常設できるのが良いところ。カップホルダーだけではなく、
    花筒なども取り付けられるかも。
    天蓋ベッドですか。最貧国の王侯気分でも味わいますか。
    室内高には、助かってます。ベッド板を収納しても運転中の
    ヘッドクリアランスを確保できます。ベッド仕様時、後部アシスト
    グリップに渡したベッド板収納用のパイプを天井にピタッと
    収納しちゃうとかすれば、さらなる居住スペースの快適化に
    結びつきそうだなとか計画だけはいつも進むんですよ。

    Reply
  3. momota

    滅ーーーーー、茶苦茶、お久しぶりでございます。
    11月の投稿が最後ですけど、現在もお元気・・・ですよね?
    あちらのページは今でも健在ですか?

    私は、30年連れ添った妻に悪性リンパ腫が見つかり来年は戦いの年になりそうです。なんで精神的に脆い自分の方を病気にしないのだと神を呪っております。

    Reply
  4. 何処吹く風 Post author

    ええーっ!
    まさかの鮒寿司momotaさん?
    奥さんが大変なことに……
    精神的に支えるというのは、介護や看病のように
    実際に身体を使う以上に覚悟が必要なのでしょうね。
    私は、身体的なほうも精神的なほうも
    経験がないので何を書いたらいいか見当もつかず、
    選ぶべき言葉がないのですが。
    あちらのページは、24日までは健在でしたが
    今は、起動できない状態になっています。
    いずれ復活させることは可能だと思ってますが、
    とりあえず、復旧作業にかかることができるのは
    年が明けてからのことになりそうです。
    私のniftyのメアドの控えはあります?

    Reply
  5. 何処吹く風 Post author

    >momota さん
    メアドのやりとりが必要になったとき、めんどくさいので
    フォームメールを用意しました。

    《 フォームメールは省略 》

    から、送付ください。

    Reply
  6. 何処吹く風 Post author

    > momota さん

     つい、最近、眉村卓の「妻に捧げた1778話」を
     知りました。余命は一年、そう宣告された妻の
     ために、眉村卓は、とても不可能と思われる約束を
     しました。しかし、その言葉通り、毎日一篇の
     お話を書き続けました。
     五年間頑張った妻が亡くなった日の最後の原稿、
     最後の行は──「また一緒に暮らしましょう」

     実は、昨夜、私の女房と同い年の女性が亡くなり、
     通夜に行きました。すい臓ガンで、病名がわかった
     ときには、手の施しようがなかったそうです。
     通夜を辞すとき、女性の旦那さんが私の風邪を
     案じてくれました。
     なんだか、縁起の悪い話ばかり、申し訳ないの
     ですが、たぶん、momota さんにしかできないことが
     あるので、神様は、そのような戦いを momota さんに
     強いたのでしょう。

     あちらのページが復旧しました。お問い合わせから
     連絡ください。入室の方法などをメールでお知らせ
     します。

    Reply

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日本語で書いてね。外国語わかんない。