昔、72歳だった僕 【0004】

By | 2024年10月6日

自分の(に違いないと思われる)布団に寝っ転がって

天井を見た。記憶にない、さほど古びていない天井。

タイムスリップという言葉は脳裏にあった。しかし、いざ、

自分がその状況に放り込まれると「まさか」と思ってしまう。

これは、きっと夢なんだ。明け方近くまでパソコン部屋にいて

寝落ちしたんだ。ずいぶん、昔に夢の中でこれは夢だと気づいた

ことがある。夢なんだから何をやってもいいんだとやりたい放題

した覚えはあるのだが、どんなことをやったのかは忘れてしまった。

もっと、幼いときに夢の中でオシッコをすると寝小便をしてしまう

ということに気づいたことがある。それから、しばらくして

夢の中でオシッコをしかけたとき「これは、夢だ。起きろ!

起きなきゃ、おねしょをしてしまう!」と必死に夢の中で自分を

揺り起こし、なんとか目を覚ますことに成功してトイレに行った。

それ以降、寝小便はしなくなったと記憶している。

しかし、今回は違う。夢にしては、あまりにもリアルなのだ。

なぜ、夢の中で夢と気づくかというと辻褄が合わないことに

気づくからだ。時系列や場所の位置関係などが明らかに現実離れ

していて、なんか変だゾと気づくのだ。けれども、今はどうだ。

部屋の中の勉強机にしろ壁や窓、天井、すべてが何のデッサンの

狂いもなく存在する。

畳を触れば畳の感触だし、タオルケットはタオルケットの

肌触りだ。枕も布団もパジャマも。おや、そう言えば眼鏡を

かけていないのに周囲がボヤけていない。そうか、小四のときは

まだ仮性近視で日常生活に不自由するほどではなかったんだ。

あくまで、リアル。南向きの窓は雨戸が閉められている。

北向きの窓には雨戸がなく、一番上のガラスだけが透明で

あとは磨りガラスだ。窓には防犯用の鉄格子がはめられている。

一度、就寝中にドロボウに入られたことがあったので、そのあとで

対策したのだろうか。父も母も、ぐっすりと寝ていて気づいたのは

朝起きてから机やタンスの引き出しが、すべて引き出されて

積み上げられているのを見つけたからだ。でも、ヘタに目を

覚ましてドロボウに気づいて騒いだりしたら居直って強盗になり

ケガをさせられていたかもしれない。

窓の外は小さな庭で父親が作ってくれた鉄棒があるはずだ。

たぶん、この鉄棒のおかげで逆上がりができるようになった。

少しずつ、昔のことを思い出してきた。

部屋は元々六畳間であったものをいちばん西の部分を

一畳半の板間にしてあって、間仕切りが途中まである。

そこは、姉の勉強スペースとなっているはずだ。寝る時は

東隣の部屋に行って布団を敷いて寝ていると思う。昼間は

南側の物干し場や洗面スペースに行く家族の動線となるので

いつまでも姉は寝ているわけにはいかず、さっさと着替えて

布団をあげなければならない。その苦労はあっても中学生にも

なって四畳半に弟と枕を並べて寝るよりは、よっぽどマシだと

考えたのだろう。そうこうしてると母親の起す声がフスマ戸の

向こうから聞こえた。「うーん」とうなって、さらにいろいろ

頭の中に浮かぶ思念を追い続けた。