退職日から3年と4ヶ月が経過しました。残った有給を使い切って
辞めたので実質的には三年半が経ちました。
その間、ずーっと、晴れやかな気分で過ごしています。
中には、曇り空だったり、パラパラッと雨が降る日があったかも
知れませんが思い出せません。
35年間勤めている間には、何度か青空の日もありましたが、
たいていは曇り。数年も雨続きだったことも3回ほど
あったし、口惜しさに明け方まで寝付けない嵐の夜も
幾度となくありました。
なんで、こんなに勤めていたときと退職後では心の平和が
違うのだろうと漠然とした疑問は、ずっと持ってました。
結局、会社勤めに向かない性格なのだろうか、協調性に
問題があるのだろうかと、いろいろ考えていました。
しかし、退職後も町内会の活動など協調性を必要とする
場面がなくなったワケではありません。
利害関係がない?いいえ、生活者でいる限り、日常的に
利害関係は発生します。企画、営業、会計処理…
その他、会社でやっていたような活動は、いくらでも
ありますし、ちゃんとやっていかねばならないのも
同じです。
誰にも命令されない?そんなこともありません。町内の
長老からのブーイングを受けたら、おわびしたり、
説明したり、方向修正したり、その前に未然に防ぐための
根回し的なこともやらねばなりません。近隣のマンションの
オーナーや管理会社、岡山市などとの交渉ごとも
日常的に発生します。
でも、心が曇る場面がないのです。
なぜ?という疑問が最近になって解けたような気がします。
戦後の吉田茂の活躍とサンフランシスコ講和条約締結に至る
ドキュメンタリーの再放送を見ていて、はたと気づいたのです。
あ、そうか。会社勤めをしてるということは、占領下にあるのと
同じなんだ。経営者や役員はGHQ。上司たちには、G.I. も
いれば、官憲もいて、理不尽な要求をしてきたり、アホな決断を
したり、不当な評価をしたり…
それでも、営業をしていた頃に、いろんな会社を訪問してるので
比較的マシな会社ではあったと思うのですが(アメリカではなく
ソ連や北朝鮮、アサド政権の占領下にあるような会社が、
数多くありました)それでも、他人が決定し他人から評価を
受けるということは、独立している社会人とは言えないんですね。
では、出世の階段をキチンと登って経営側になったら良かった
のでは?という意見もあるでしょうけど、出世する人って
自分の意見は決して言わず、間違ったことだろうが、
正しくないことだろうが、平気で飲めちゃう人が多いんですよ。
それに、勤めていた会社は同族経営だし、親会社は絶対権力
持ってるしで、ヒラなら雨が降れば傘をさすこともできるし、
少なくとも退社後や休日は自由だけど、仮に経営側になったら、
隷属度は、さらにアップしたことでしょう。
会社勤めに向かないし、といって脱サラして何かができるという
能力があるわけではなし(これまた、営業時代に、いろんな
商売人と会ってみて、自分は商売には向かないことが
ハッキリとわかったし、企業内起業みたいなことを二度やって
二度とも大失敗したので、事業を起こすことにも向かないと
知りました)結局、私の天職は無職です。